大判例

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福岡高等裁判所 昭和55年(ラ)36号 決定

抗告人

日鉄鉱業株式会社

右代表者

北嶋千代吉

右代理人

松井正道

外三名

被抗告人

阿曾末治

外八六名

右代理人

横山茂樹

ほか三六名

主文

本件抗告を却下する

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一抗告の趣旨は、「原決定を取消す。被抗告人らの訴訟救助の申立をいずれも却下する。」というのであり、その理由の要旨は、「原裁判所は、被抗告人らを原告とし、抗告人を被告とする同庁昭和五四年(ワ)第一七二号損害賠償請求事件について、被抗告人らの申立に基づき、昭和五五年三月一四日、被抗告人らに訴訟救助を付与する旨の決定をした。抗告人は、右決定に利害関係を有する者として即時抗告を申立ることができる(この点に関する主張の詳細は、別紙記載のとおりである。)ところ、被抗告人らは、右訴訟において勝訴の見込みがなく、かつ、訴訟費用を支払う資力を有する。よつて、原決定は取消を免れない。」というのである。

二当裁判所の判断は、次のとおりである。

抗告人は、訴訟救助にかかる訴訟の相手方として、訴訟救助付与決定に対し利害関係を有し、従つて抗告の利益を有する旨主張するが、右決定は、国との関係において、決定を受けた訴訟当事者に対し、裁判費用の支払を猶予する等の効果を生ずるにすぎず、後述の訴訟費用の担保を要求しうる場合を除いて、相手方がこれにより直接の不利益を受けることはない。抗告人は、訴訟救助を受けた者がのちに敗訴したときに相手方が支出した費用の償還を受けられなくなる危険性がある旨主張するが右危険は、訴訟費用の担保を要求しうる場合を除いて、右決定の有無にかかわりがなく、訴訟救助を付与しないことによつて避けられる危険ではない。また、相手方は、右決定により訴状の印紙不貼用を理由として訴却下の判決を受ける利益を失うことになるが、右は、訴訟救助付与決定による直接の不利益でないことは明らかであり、このような間接的な不利益を回避するために相手方に不服申立権を認めるのは相当でない。ただ、抗告人指摘のとおり、民事訴訟法一〇七条一項、一〇九条、一二〇条三号の規定によると、原告が日本に住所等を有しないとき、裁判所は、被告の申立により、訴訟費用の担保を供することを原告に命ずることを要し、右申立をした被告は、原告が担保を供するまで応訴を拒むことができるのに対し、訴訟救助付与決定は、右担保の提供を免除する効果を有するから、このような場合には、被告は、右決定に対し抗告を申立てる利益を有するものと解すべきであるが、被抗告人らが右担保義務を負う者に該当しないことは記録上明らかである。

また、訴訟救助の前提要件たる「勝訴の見込み」について、抗告人は、濫訴の防止という観点から、訴訟救助手続の中で相手方に申立人の「勝訴の見込みがある」ことを争う法律上の利益を認めるべきである旨主張するが、右要件は、「勝訴の見込みがないわけではない」ことをもつて足りるのであるから、裁判所が右要件を積極に認定したからといつて、これにより相手方が不利益を受け、本案訴訟手続の公正が確保できないということではない。勝訴の見込みのない申立人の訴訟の排斥は、本案訴訟手続の中で行うべきであり、濫訴の防止をもつて抗告により保護すべき利益とはなし得ない。

以上のとおりであつて、単に訴訟の相手方であるというだけでは、右決定に対する抗告の利益を認めることはできず、他に抗告人について抗告の利益を肯定すべき特別の事情は見当らない。

三そうすると、本件抗告は、不適法であるから、これを却下することとし、抗告費用の負担について民事訴訟法第四一四条、第三七八条、第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(矢頭直哉 権藤義臣 小長光馨一)

〔別紙〕

一 本件相手方(原告)は、訴訟救助付与の決定に対し、被救助者の相手方(被告)に、抗告の申立権がないと主張し、その理由として(一)「利害関係人に該当しない」また(二)「救助付与申立手続は、当該本案訴訟の相手方(被告)を対立当事者として関与させる基本構造をとつていない」とのべているが(昭和五五年四月一一日付意見書)、抗告人(被告)は次にのべるとおり即時抗告の申立をなしうるものである。

二 抗告人(被告)は本件訴訟救助付与決定に重大な利害関係を有している。

(一) 民事訴訟法第一二四条は「本節(第三節の訴訟上の救助)に規定する裁判に対しては、即時抗告をなすことを得る」旨明文をもつて定めており、抗告申立権者を申立人(原告)のみに限定していない。

(二) 訴訟救助は、裁判所(国家)と救助申立人の関係であるがその要件として、「申立人の無資力」の他にその訴訟について「勝訴の見込みなきに非ざるとき」(同法第一一八条)を定め、本案訴訟における濫訴防止を図つている。

しかして濫訴によつて、直接被害をうけるのは、その相手方(被告)であつて、その場合、勝訴の見込みのない救助申立人(原告)の訴訟を、その相手方(被告)自からの立場において排斥することは当然許されるべきであり、又、本案訴訟手続の公正を確保する意味からも、相手方(被告)には、訴訟救助手続の中において「申立人(原告)の勝訴の見込みの有無」を争う法律上の利益がある。

(三) 又、訴訟救助決定の効力の物的範囲は、訴訟費用の担保の免除にも及ぶ(同法第一二〇条三号、同法一〇七条)ので、相手方(被告)が訴訟費用の担保の申立をなしうる場合に救助決定がなされた結果、相手方(被告)は、右担保をうける権利を失うことになり、この面においても利害関係がある。

(四) 救助決定の効力の人的範囲は、救助をうけたものに対して生じ、その相手方(被告)に何ら効力を及ぼさないため、将来、相手方(被告)が勝訴しても、支出した訴訟費用の償還を受けられなくなる危険性があり、この危険性の面でも、相手方(被告)に、法律上の利害関係がある。

(五) 更に、申立人(原告)よりなされた救助の申立が排斥され、訴状の印紙不貼用を理由に訴状が却下されて、その段階で訴訟が終了する場合、濫訴ないし無価値な訴訟の早期解決が得られるので、この面でも相手方(被告)は、その訴訟救助手続の中で、救助の要件を争う実際上の利益がある。

三訴訟救助付与申立手続と対立当事者の関与について

(一) 対立当事者の基本構造をとる双方審理方式は、利害相反する対立当事者の双方を平等に取り扱う「当事者平等の原則」を根底としたものであつて(菊井、村松共著全訂民事訴訟法(1) 六五九頁、斉藤、小室編民事訴訟法の基礎一三七頁等御参照)、攻撃防禦方法の提出など当事者双方に対等の機会を与えて、「公平な審理」並びに「事案の真相」を明らかにし、もつて「適正な判断」を下すためのすぐれた審理方式であり、それ故に現行民事訴訟法の判決手続においては原則として最も徹底した双方審理方式が採用されているのである。

また、決定、命令、仮差押手続等においては、判決手続程に徹底した双方審理方式が採用されていないが、それは主として審理の迅速、費用の節約等の理由からであつて、それでも利害関係のある相手方には、各種の訴訟手続の中に抗告、異議の申立等の制度を設け「当事者平等の原則」に基づく双方審理方式の精神が生かされているのである。

(二) 本件訴訟救助手続についても、抗告人(被告)は前述せる如く、重大な利害関係を有しており、「当事者平等の原則」に基づき双方審理方式の精神が適用されることは違法ではなく、むしろ適用されるにふさわしい性質をもつている。

(三) しかして、本件救助申立手続において、抗告人(被告)は、原裁判所並びに御庁に対し、必要な主張並びに各種疎明資料を提出し、これらが適法に受理され、又、原裁判所は、本件救助決定を抗告人(被告)にも告知しているのであつて、従つて双方審理方式の精神が運用上実現されているのである。

(四) よつて、対立当事者が関与しない建前となつていることを理由として、抗告人の抗告申立権を否定する本件相手方(原告)の主張は失当である。

四結論

以上の如く、抗告人は本件抗告をなすのに十分な利害関係を有しており、本件抗告の申立が適法であることは明らかである。(なお同旨判例として、名古屋高裁金沢支部決定昭和四六年二月八日判例時報六二九号二一頁。大審院決定昭和一一年一二月一五日、民集一五巻二二七〇頁など。又同旨学説として、菊井、村松共著全訂民事訴訟法六二九頁。昭和五四年一二月一七日付訴訟救助申立についての被告上申書添付の「最高裁判所事務総局、民事訴訟における訴訟費用の研究」一三二頁。裁判所書記官研修所実務研究報告書「訴訟上の救助に関する研究」一八八頁等御参照)

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